機械のカスタマーエンジニアから、不動産の営業

ある大手の機械メーカーに在籍していました。おもに空調機、冷凍機の販売、メンテナンス、試運転等を実施していました。
仕事的には予定の仕事がある中、故障等が頻繁にコールセンターに入ってくるので、そこから指令がきて、修理をこなしていく仕事になります。また、保守契約等を結んでいたので、夜でも休みでも行かなくてはいけない仕事です。夏は暑く、冬は寒いという3Kの仕事です。専門知識が要される仕事ですのでやりがいはあります。

仕事についてはやりがいは本当にありました。しかし、週末周りの友達と遊んでいる中で、私だけ異常に土日や夜働いていることが多いのにきづきました。また、もともと関東の人間ですが、関西に転勤させられいました。会社が大きいことにより、いつ関東に戻れるかわからず、また、すぐ飛ばされることも考え、転職しようか考えるようになりました。決め手は労働時間が100時間越えがですが残業が半分以上カットされることや、週末の予定が組みづらいことによって人生を変えたいと思い転職しました。

関西から関東だったので行ったり来たりは頻繁にはできないため、とりあえず、リクナビネクストや、インターネットの媒体を使用して転職活動を始めました。こまめにインターネットで情報を収取し、かつエイジェンとと連絡を取りながら進めていきました。ただ、距離が遠いことと、前職が忙しかったころによって、あまりうまくいきませんでした。とりあえず、どうしても転職したかったため焦って決めてしまい、そのあと数回転職を繰り返しました。

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大学進学塾のチューターからホームオートメーションシステム会社の事務職に転職

大学進学塾のチューターは、塾生の進路指導や相談が主な仕事でしたが、その他保護者への入塾説明や受付、科目ごとの講師への対応、大学生スタッフの監督なども行っていました。
ホームオートメーションシステム会社は、家の電気系統を一括して操作できるシステムをオーストラリアやアメリカ、イギリスなどから輸入したり、また自社でシステムを開発して国内向けに販売したりする業務で、職種は事務で販売管理と国内外の窓口としての対応が主な仕事でしたが、お茶だしなどの雑用もしました。

進学塾では生徒が高校生ですが、皆一見大人のようなのに内面がまだまだ柔軟で弱い面も多くあるような子どもでもあり、そのギャップがとてもかわいらしく思えました。多くの生徒が信頼してくれるのが嬉しいとともに、私はそんなに信頼に値する人間なのか?というような悩みも常にありました。もちろん情報をたくさん集めて生徒を良い方向へ進める手助けをするように努めていましたが、内部の人間関係でそれを阻害されるようなこともあり、転職を考え始めました。

主にハローワークを使いました。塾の業務時間は基本的に高校生の生活に合わせられているので、昼以降から夜10時頃までの勤務となることが多く、時間的にハローワークは使いやすかったです。午前中に塾へ出社する前に、その付近のハローワークへ立ち寄って仕事を検索機で検索したり、窓口で相談したりすることができました。また、塾の業務はシフト制だったため、土日出社も当たり前にある代わりに平日休みも普通なので、転職の面接などの日程も組みやすかったです。

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電気メーカーの経理から、設計会社への秘書へ転職

社員50人ほどの小さな会社で、秘書業務に加えて、人事(給与計算)・経理(決算処理まで)・総務と事務全般を担当していました。部下の育成も加わり、社長秘書としての業務もとてもきついものでした。
秘書としても身なり、ふるまい、言葉遣いなど、徹底的に叩き込まれた期間でもありました。特に、色にこだわる社長で、服装にはとても細かく、取引先の方がお見えになると、雑談の中で何をおっしゃっていたのか?ネクタイの色などもチェックするように言われました。

当初から秘書の勉強をしたかったのですが、両親の反対にあいました。両親が納得する電気メーカーに就職し、学校に通いながら、秘書検定準1級を取得しました。学科は独学でもすぐに合格しましたが、実技が受からず。学校では実技を習得。
また、当時の電気メーカーでもお褒めの言葉を頂くことが増えてきたため、自信がつきました。
平社員の中でも格付けがあり、短大卒としては最低年齢で最高ランクに合格したことがとても大きかったように思います。自分らしく、後悔しないために転職を決意しました。

とらばーゆを購読。人材紹介会社を利用して、転職しました。
秘書検定準1級の他に日商簿記1級、情報処理技術者の資格を持っていたのが強かったようです。タイピングのスキルがSランクだったため、あまり苦労はしませんでした。
メーカーでは、大きなプロジェクトに関わっていたこともあり、そのあたりで目を惹かれることが多く、転職先候補は苦労することもなく見つかりました。人材紹介会社のコーディネーターとの相性にもよるのかと思います。

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農協の事務から、工場の軽作業員

基盤に電子部品をハンダ付けしたり、配線とコネクタをカシメたりする仕事でした。ハンダ付けは、ハンダをコテを使って溶かしてするんですが、ハンダが溶ける臭いがきつくて大変でした。たぶん身体に悪いと思います。カシメるというのは電気コードにコンセントをつけるような感じで、配線と部品を工具を使ってくっ付ける作業でした。手作業でしたが握力が結構必要でずっとしていたら手に豆ができたりしました。座っての作業でしたが意外ときつかったです。私が転職した理由は、二つありますが、一つ目はセクハラによるものでした。所長から言葉によるセクハラと課長からペットボトルなどで胸を触られたりしました。

二つ目は、ノルマです。毎月ノルマで商品を買っていましたが、ボーナスの後もノルマがありました。ボーナスの後のノルマはひどくて、ボーナス分の買い物をしなくてはいけないような感じでした。洋服や電化製品など合計で30万円ほど購入しました。このままでは、働く意味がないと思い転職しました。私は、職安に行って転職活動をしました。仕事を辞める前から探していましたが、職安は平日しか開いていないので平日、仕事だった私は仕事を早退したり、休んだりして転職活動をしました。面接など行きましたが、事務職にはなかなか決まらず、結局諦めて求人が多い製造職を探す事にしました。仕事を休み過ぎだと思ったので、求人案内なども見て自分で電話をしたりしました。探し出して3ヶ月でようやく採用されました。正社員の就職は大変だなぁと思いました。

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某農機具メーカーの営業マンから介護職員へ転職

施設の利用者さんの生活全般のお世話をさせて頂いています。
食事介助、口腔ケア、入浴介助、トイレ・排泄介助、衣服の更衣介助等を中心に行っています。
トイレ介助が無理な利用者さんは、オムツを履いていますので、オムツ交換と体位変換を時間を決めて行っています。毎朝、体温、血圧、血液中酸素量等を計測し、カルテに記録等も行っています。
施設が病院と併設してますので、体調の優れない利用者さんの診察して頂く為に、移動のお手伝い等もしています。畑違いの職種への転職だったので、転職先で通用する資格がありませんでしたので、面接もなかなかして頂けず、再就職先が決まるまでに、かなり時間がかかりました。
しかし、前職を退職してから資格取得や就職活動していては、収入が途絶えてしまいますので、前職を辞めるタイミングと再就職のタイミングを合わせるのが大変でした。
退職するにも最低1カ月前に辞表を出さないといけませんし、そのタイミングで再就職先の内定を頂いておかないといけなかったので、思う様に行きませんでした。

とにかく資格が無いと正社員にもなかなか登用して頂けないと聞いていましたので、前職を退職するまでに最低の資格取得をしました。「介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)」と言う資格です。
土・日曜日コースがある養成所を探し、入校し資格を取得する事が出来ました。資格取得までに、3カ月程かかりました。
同時進行で、ハローワーク等を利用し、就職活動をしました。
資格取得してから、本格的に就職活動をしたのですが、前職を辞めていない状態での就職活動は、思う様に動けず、面接のスケジュール等を合わせるのに大変苦労しました。

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リフォーム営業からタクシー運転手に転職

タクシー運転手です。正式にはタクシー乗務員と言います。お客様がタクシーを呼んだり、駅でお客様を待ったり、無線エリアでタクシーコールのお客様をお待ちします。仕事の内容はお客様の目的地に最短料金と最短距離と最短時間を意識して車の運転をします。また、障がい者の方やお年寄りの方、荷物の多い方には自分から率先してドアの開け閉めや荷物の送り出しを行います。そして、基本的には制限速度を守り、安全運転をします。ちょっとしたこつですがなるべく、右折をしないようにします。つまり、左車線を走っているとお客様を乗せやすいということになります。

前職はリフォーム営業でしたので固定給が10万円でした。本当に外資系のような給与体系でした。私は既婚者で妻子がおりますので10万円では生活ができません。また、リフォームの営業では訪問販売にちかい形が取られておりますので成績が悪いとそのまま給料に反映します。あてにならないなら会社員である必要はないと思っていますのでタクシー業界に飛び込みました。タクシー業界は総売り上げから歩合が50パーセントになります。大きくは稼げませんが1ヶ月のスパンで見ると大体は平均して手取り月収が25万円になります。スキルも資格もなく、これだけ稼ぐことができれば悪くはないのでしょうか。

私は昔の知人から紹介を受けました。その友人から言われたことは紹介料が入るから試しにやらないかということでした。紹介料は紹介者と紹介された方の双方に20万円ずつ入りますので得だと念を押され入社しました。もちろん、諸条件はあります。条件は正社員として1年以上勤めることです。途中で辞めた場合は退職日の給料から強制的に引かれます。このことは入社時の書類に契約をさせられます。要するに1年1ヶ月で辞めれば問題ないのです。しかし、私はタクシー業は気楽なのでとても楽しいです。一応は会社員ですが本当に自由気ままな仕事です。おすすめいたします。

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商業施設のプロデュース業から、飲食・アミューズメント関係の企画営業へ

大手の企業が100%出資する子会社が運営する、飲食店やアミューズメントパークの運営管理が主な仕事内容でした。その時代にあったトレンドを把握しておく必要も大変重視されますし、地域性などを把握するマーケティング力も求められる一方で、現場での従業員の指導などもやらなくてはいけなかったので、頭と体力が両方必要でした。
実際私が携わっていた主な仕事がアミューズメント全般でしたので、色んな有名アミューズメントパークに偵察に行きました。結構全国各地に足を運べたので良い経験になりました。

元々いた商業施設のプロデュース業は、言葉は悪いですが、将来性の無い会社でした。
若い内は楽しいかもしれませんが、私も先を考えなくてはならない年齢に差し掛かった頃、
その仕事で知り合った仕事関係の友人が紹介してくれたこともあり、転職は意外とスムーズにいきました。
しかし転職後に今までの経験が優遇される形で、良いポストに就けたのですが、それが叩き上げの社員からの反感を買う形となり、お互いが理解し合うまでに相当な時間が必要だったのですが、今となっては良い経験が出来たと思えます。

重複する形となりますが、前職での仕事で知り合った友人に、将来の不安や今の現状などを相談している時に、私の経験やノウハウを必要としてくれるかもしれない人を紹介してくれるという話をいただきました。
その方は元来、良い人材を獲得するには待っていては駄目だと考えていらしたみたいです。わざわざ私と会う機会を作ってくださったのもそのあたりの考えからだと言われました。
しかしその出会いが無ければ今の私は無いですし、のちに私の上司になり同時に恩人とも思える良い出会いでした。

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デパートのレジ係から生命保険の営業へ転職

会社から与えられた企業の社員さん向けに生命保険を募集するお仕事です。
また与えられた企業以外にも飛び込み営業といって、新しく行先を自分で開拓するお仕事もありました。
保険の募集は基本的に社員さんにアポを取り、その後保険の説明をして会社終わりや、休日の自宅へお邪魔して保険の説明をし、契約をして頂いていました。
保険契約募集以外にも保全といってお客様が保険請求の手続きをしたり、住所や氏名変更、解約の手続きに関する事務的な仕事もありました。

以前のデパートのレジでの仕事はやりがいもあり楽しかったのですが、お給料の割に拘束時間が長く
一日同じ所での立ち仕事が苦痛になり、転職を考え始めました。
次にするお仕事の条件として、自由に動き回れるお仕事であるという事と、将来自分のスキルや知識が増えるような職種が希望でした。
たまたま職安で出会った保険会社の上司に声をかけてもらい、自分の能力を高められ、いずれはファイナンシャルプランナーの資格を目指せると思い転職する事を決めました。

デパートのお仕事は、毎日勤務終了時間が遅かったので、勤務しながらの転職活動は難しいと感じました。なので、デパートのお仕事を退職してからの転職活動を始めました。
最初は転職情報のサイトや雑誌を見て転職先を探していましたが、自分に特別なスキルが無かったので
思うような転職先を見付ける事が出来ませんでした。
なので、週に一度職安に通い、職員の方にも相談に乗ってもらっていました。
職安に通い始めた頃、たまたま保険会社の上司が営業職員を探しに来ていて声をかけてもらいました。
職安から保険会社の事務所が近くにあり、何度かお邪魔しオフィスの様子や仕事の内容、待遇面など
色々詳細を聞き転職を決めました。

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インストラクターから、介護関連の仕事に転職

障害をもった利用者の生活を支援するお仕事で、主に身体障害の方の在宅での生活介護をします。詳しく説明すると毎食の食事介助や排泄介助、入浴介助、着替え更衣の介助などの私たちが生活するのに欠かせない動作や行為における支援をするお仕事です。また、利用者と外出する際の支援をしたりもします。それぞれの障害や性格や自立度など一人ひとりの生活に合わせて支援をしています。地域に密着した支援なので、その地域の自立していきたい障害者のお手伝いができ、社会に関わりながら生活をしていこうとする方が多くやりがいのある仕事です。まずは、スキューバーダイビングの会社が倒産したのがきっかけです。
 
同じ仕事で探すことも考えましたが、体力勝負でこの先ずっとできるかを考えたときに無理があるなと思い、この先長く仕事ができる介護職を選びました。ここに行き着くまで自分の中で何がやりたいか、どの道に進もうかなやみました。悩んでいたときに行動してみたことがきっかけで情報収集をするようになり、介護の資格を取りに行きました。あの時動いて本当によかったです。 まず、介護の資格2級を専門学校で開催されてい講習会で受けにいくことから始めました。そこで少し知識を得てから、介護求人サイトで探しました。介護といっても施設、在宅、グループホーム、デイサービスなどそれぞれサービスも内容も違いましたし、高齢者なのか知的障害、身体障害、中途障害など、どの利用者のケアをするかいろいろ考えて自分にあっているかなと思う障害のほうの介護に決めました。その後は経験をつみ、国家資格をとるという目標もここで決めることができました。

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